ベーシック・インカム 山森亮
ベーシック・インカム 山森亮






■BIEN ベーシック・インカム世界ネットワーク
http://www.basicincome.org/bien/

■ベーシックインカム日本ネットワーク
http://basicincome.gr.jp/index.htm
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# by Lesson-one | 2012-07-26 11:47
ネットワーク社会の文化と創造―開かれたコミュニケーションのために
第一回
「ネットワーク社会の文化と創造―開かれたコミュニケーションのために」
http://www.ntticc.or.jp/Archive/2006/OpeningSymposium/index_j.html

リニューアル・オープニング・シンポジウム「ネットワーク社会の文化と創造」
第一回「ネットワーク社会の文化と創造—開かれたコミュニケーションのために」【前半】

リニューアル・オープニング・シンポジウム「ネットワーク社会の文化と創造」
第一回「ネットワーク社会の文化と創造—開かれたコミュニケーションのために」【後半】


◎ 第一回 「ネットワーク社会の文化と創造—開かれたコミュニケーションのために」 2006年6月10日(土)午後3時—5時30分/ICCギャラリーA/参加者:斉藤環,藤幡正樹,宮台真司,浅田彰
http://www.ntticc.or.jp/pastactivity/report?id=170

社会学者である宮台真司氏は,政治社会学の立場からSmart化テクノロジーやGoodFeeling Societyの概念を紹介した.実感として生活世界が保たれていると思われても,再帰的なコントロールでしかないGoodFeelingSociety=ディズニーランド的なソーシャル・デザインは,民主主義の危機を招いている.ヨーロッパの街並みに見られる生活世界の保全や,アメリカのIT戦略に見られるシステムの拡充のいずれも伝統としない日本は最先端の実験社会であるが,持ちうる対抗手段は再帰性の徹底しかないと説く.

精神科医の斎藤環氏は,ネットワークと心的環境の関係を解説した.脳神経系とメディアの親和性は高いが,心に関しては劇的に改変される可能性はきわめて低く,精神病との因果関係はほとんど認められないと述べる.ただし心因性の問題に関しては大きく影響が出ていることを挙げ,コミュニカティヴでない若者が自分探しで悩む必要がなくなる「ひきこもり系」と,友だちが一〇〇人いても確固とした自己イメージがもてない「自分探し系」という傾向が紹介された.再帰性の増大は内省を促し,主体への過剰な負荷となる.そこで強い主体を回復せずにまったりと生きていくことで,再帰性サイクルを止めていくのがひきこもりである.

以上の話を受けて,メディア・アーティストである藤幡正樹氏は,アートの概念そのものに言及する.こと日本においてアートの概念はまだ完全に輸入されておらず,習い事として捉えられているため,仕上がりばかりが重要視される.ペーター・ヴァイベルが一九八〇年代に発表した定義によれば,メディア・アートとはメディアのコンディションを調べ,確認する作業である.自分自身が使う携帯電話やインターネットを通して,自己言及し続けることの重要性を説き,その方法を提示することを自分の役割として認識していると述べた.







[イベント]ICCシンポジウム第1回の私的なまとめ(1)

Good Feel Societyとは、端的に言えばディズニーランド的なソーシャル・デザインで、インフラを地下に埋め込むように負荷を不可視化しています。つまり意識せざるシステムを利用することによって脱スイッチ化、シームレス化し(システム側から見ると人々をインテリジェント化することによって)、人々が快適さを求めるベクトルと人々を社会的に振舞わせるベクトルを一致させることができるのです。これが「テクノロジーのスマート化」です。

スマート化は人々を主体化・内面化*1させるために行われていますが、かつてそれはシステムでなく生活世界によって担われていました。つまり生活世界からシステムへ移行したのです。

よって次のような変化が起きました。善意と自発性優位からマニュアル優位へ。 匿名性から記名性へ。人格的信頼(履歴に対する参照)からシステム信頼へ。入れ替え不可能性から入れ替え可能性へ。低流動性から高流動性へ・・・。*2

こうしてGood Feel Socetyが実装されていきます。むき出しの暴力が見えない社会となって、アーキテクチャ化するわけです。

別の文脈から言えば、ブッシュ政権のような頭の悪いネオコンは社会統制によって制御しようとしますが、頭の良いネオコンであるヒラリー・クリントンは社会統制ではなく社会化*3によって、人々が自己決定的に振舞った結果従う制御方式をとります。

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# by Lesson-one | 2012-05-04 17:02
公開研究会「市田良彦著(平凡社新書)『革命論』マルチチュードの政治哲学序説をめぐって」
公開研究会「市田良彦著(平凡社新書)『革命論』マルチチュードの政治哲学序説をめぐって」

2012年4月21日土曜日、14時00分-18時00分、京都大学人文科学研究所本館1階セミナー室1にて、公開研究会「市田良彦著(平凡社新書)『革命論』マルチチュードの政治哲学序説をめぐって」が開催されます。
市田良彦著(平凡社新書)『革命論』マルチチュードの政治哲学序説をめぐって」

コメンテーター:
國分功一郎・小泉義之・研究班員
応答:市田良彦

主催:
共同研究班「ヨーロッパ現代思想と政治」

※ 参加無料・聴講歓迎

http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/zinbun/symposium/20120421ichida.htm

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# by Lesson-one | 2012-04-24 20:02
革命論 マルチチュードの政治哲学序説 (平凡社新書) [新書]
革命論 マルチチュードの政治哲学序説 (平凡社新書) [新書]
市田 良彦 (著)

《目次》 ▲

序章 今日的時点──倫理的な政治
無差別になる「住みか」/悪を除去する「正義」の政治/コンセンサス政治による市場共産主義

第一章 対象としての例外、主体化する例外──アガンベン、アルチュセール、ネグリ
「革命」が「アウシュヴィッツ」にすり替わる/哲学と政治の問われざる関係/偶然性唯物論の倫理と収容所/媒介の「存在者」化/構成的権力の政治/主体に帰着する革命論/主体の「構造」──特異で例外的な主体/左翼シュミット主義──イタリア特有の状況/二人のハンナ・アレント──変化する「政治的なものの自律」/主体の連続性──政治を消滅させる革命/主体のなかにある「決断」──スピノザへ

第二章 消え去る政治、まれ(例外的)な政治──デリダ派、アルチュセール、バディウ
政治的なものの後退/主権共同体を求める哲学/明かしえぬ「政治的なもの」/唯一思想に抗する──冬の時代から反グローバリゼーションへ/右も左も共和国/脱構築の共同体──姿を消す「本質」/つねに例外とともにあるアルチュセールの主体/客体の例外性から革命主体の生成へ/叛乱し分裂する人民大衆/分岐点としての主体問題/「政治哲学」は存在しない──切断がもたらす全体性/存在の詩──マラルメのように

第三章 マルチチュードの生である政治──スピノザをめぐる抗争
ドゥルーズの革命嫌い──「陽気なペシミズム」/スピノザの「物理学的」保守主義/記憶を失ったマルチチュード/因果性から「自由」である国家形成/国家形成と革命を「同じ」にする政治/政治に作用するスピノザ的因果性を求めて/国家は非理性的存在である/しかし、契約概念の不在は?/唯一の原因としての「怒り」──民主主義とはリンチである/結果を原因に内在させるスピノザ主義/表現と因果性──「意味」がもたらす恍惚と困惑/アルチュセールの「仕掛け」/結果でも原因でもある私/道徳とは倒錯である/〈私〉が鏡を砕く──希望
 
終章 見出された自由──フーコーと(不)可能な革命
かつてなかった反牧人革命/統治性と主体的自由──最後の難問と可能性/フーコーと(ネオ)リベラリズム/「政治とは統治性に対する抵抗である」のか

あとがき
「問いかけ」としての文献案内

《概要》 ▲

政治の例外状態としての革命。
民主主義の究極の手段としての革命。
政治が管理技術に成り下がり、価値判断をしなくなった時代に、
〈正義〉を振りかざすだけでいいのか。
「政治にはふれないことが政治」は本当か。
ポストモダン以降の西洋哲学の重要課題を論じ尽くした、
これ自体が革命的な一書。到来する自由のために!

《著訳者紹介》 (本の出版時点でのデータです) ▲

市田良彦 いちだ・よしひこ

1957年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。神戸大学大学院国際文化学研究科グローバル文化専攻教授。専門はフランス現代思想。著書に『闘争の思考』『アルチュセール ある連結の哲学』(以上、平凡社)、『ランシエール――新〈音楽の哲学〉』(白水社)、共著に『脱原発「異論」』(作品社)、訳書にヴィリリオ『速度と政治――地政学から時政学へ』(平凡社ライブラリー)、監修にネグリ&ハート『マルチチュード――〈帝国〉時代の戦争と民主主義』(NHKブックス)などがある。

http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/frame.cgi?page=series.sinsho/
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# by Lesson-one | 2012-04-24 19:34